地方と都会の二つの学校で学ぶ『デュアルスクール事業』

徳島で「働く」と「暮らす」を寄せる生活

~徳島の学校と都市部の学校、どちらの良さも体験できる『デュアルスクール事業』~

リクルートホールディングス発表の「2019年のトレンド予測」に「デュアラー」という言葉が踊るように、都市と地方の2地域に拠点を置いて活動する「デュアラー」は、これからもっとポピュラーな存在になるかも。そんな時、親は自由に動けても、「子供は?」「教育は?」。その疑問にいち早く取り組んできた徳島県。サテライトオフィスの開所をきっかけに、親子で二地域居住できる仕組みを探ろうと、2016年から『デュアルスクール事業』を開始しました。『デュアルスクール事業』の参加者第一号となった杉浦那緒子さんへのインタビューも交え、教育の可能性や新しい移住のカタチについて、紹介します。

※この内容は2018年11月25日(日)に東京のふるさと回帰支援センターで行われた『第5回とくしま回帰セミナー』の内容をもとに再編集して掲載いたします。

 

徳島発!
地方と都会の二つの学校で学ぶ『デュアルスクール事業』

私、徳島県教育創生課の西健治と申します。今、二地域居住という新しいライフスタイルに注目が集まっています。徳島県が『デュアルスクール事業』に取り組むことになったのは、サテライトオフィスに勤務する人からある相談を受けたことがきっかけです。


それは「親である自分は東京と徳島を自由に行き来できるが、子供は学校があるので、そうはいかない。どうにかならないものか?」というもので、子供たちが多様な価値観をもつためにも、一つの地域や学校にとらわれない制度が重要と考え、始まったのが『デュアルスクール事業』です。

https://dualschool.jp/

この名称は「地方と都市の両方で子供を育てる学校」というイメージで名付けられた徳島県独自の取り組みで、この事業を体験した子供たちが多面的な考え方のできる人材に育つことを願って実施しています。また、親の働き方の選択肢の拡大、交流人口の増加による地方の活性化や、移住における子供の教育への不安を解消することによる移住の促進など、様々な可能性をもった事業と考えています。

この事業の対象となるのは、小学1年生~中学2年生までのお子さんです。都市と地方、両方の教育委員会の了解が得られれば、学籍を移動させずに双方の学校を行き来できることを目標にしていますが、現段階では二つの学校に籍を置いたり、学籍を移動させずに行き来することはできません。そのため区域外就学制度を利用し、短期の転校というカタチで、私たちが目指す『デュアルスクール事業』の実証実験をしていこうと平成28年度からスタートしました。

その区域外就学制度を利用する人は転校と違い、住民票を移動させることがないので、保護者は学校移動の度に役所で転出入の手続きをする必要がありません。そのため児童手当や健康保険の変更といった事務手続きも不要です。

しかし一方で、区域外就学制度の受け入れは市町村に委ねられているので、なかなか理解をえられない場合もありました。これにつきましても平成29年7月、文部科学省からこれまで本県が提言していた内容が反映された通知が出されました。これによって地方での二地域居住が区域外就学制度の一例として認められ、明示されたので、今まで以上に『デュアルスクール事業』を行いやすくなりました。


そんな中、『デュアルスクール事業』の参加者第一号となりましたのが、美波町にサテライトオフィスを置く『ヒトカラメディア』杉浦さんのご家族です。杉浦さんが美波町でリモートワークをする2週間、地元の小学校(日和佐小学校)での就学が実現しました。

児童の就学期間中のサポート体制ですが、デュアルスクールには派遣講師がつき、非常勤の先生を該当の小学校へ1名配置しております。東京の小学校や保護者との連絡、学校生活の支援など、様々なサポートを行います。初めての学校にもスムーズに溶け込むことができ、最終日には「さよならはいわないよ。また来るからね」と言って東京へ戻っていきました。


これまでの実施例ですが、平成28年から今までに11回実施されていて、美波町以外にも海陽町の宍喰小学校などでも実施されています。遊覧船に乗ったり、地元の特色をいかした校外学習ができるのもデュアルスクールの強みと思います。

現在は二地域居住の方がデュアルスクール事業に参加することが多いんですが、お試し移住をする際も地元でどういった教育がなされているのか、その学校に転校して大丈夫かな?という心配はされると思います。そういったときにデュアルスクールをお試し移住にあわせてその期間、地元の学校に通えるよう利用していただくと、よりよくわかっていいのではないかと思います。

このような取り組みを続けていく中で、昨年10月に都道府県の優れた政策を表彰する全国知事会主催のコンテスト「第10回先進政策創造会議」で、最優秀賞となる「先進政策大賞」をいただきました。今後も事例を積み重ね、デュアルスクールを全国に広めていきたいと考えています。

 

徳島で「働く」と「暮らす」を寄せる生活

※聞き手はデュアルスクールの運営支援に携わっている株式会社『あわえ』の彌野静香さんです。

―――杉浦さんは『ヒトカラメディア』にお勤めですが、『ヒトカラメディア』という会社はちょっと変わった面白い会社で、不動産の仲介やスタートアップ支援も含め、「暮らし方」、「働き方」まで提案されています。その『ヒトカラメディア』は2015年の7月に美波町にサテライトオフィスを開設されたんですが、それまで徳島という地域をご存じでしたか?

杉浦さん 徳島県は知っていましたし、県のキャラクターのすだちくんはじめ、名産のものは知っていたんですけど、具体的にどんな暮らしができるかは知らなかったですね。

―――それを知ったのはサテライトオフィスが開所された後・・・ということになりますか?

杉浦さん そうですね。

―――2016 年10月にデュアルスクールの第一回の実証実験が始まったんですが、初めてデュアルスクールについての話を聞いたとき、どう思われましたか?


杉浦さん デュアルスクールの話の前に秋祭りでちょうさ(太鼓屋台)を見まして。私自身の生まれたところも荒事のある秋祭りがありまして。大人がかっこよく、頼もしく見えるというのはやっぱり祭りだな、と。それとこれだけ自然があるところなので、子供もいつかは連れて行きたいな、とは思っていました。なので、デュアルスクールの話を代表取締役から聞いたとき、全容がわかる前に「面白そうなんで、やってみます!」とOKしました。

―――では、内容を聞いたとき、どういったことに期待されましたか?

杉浦さん 息子が生まれも育ちも東京なので、田舎らしい田舎の経験が全くないまま育つのは、少し不安を感じていました。私が愛知県の地方出身ということもあって、より自然に触れる機会が多いと、生き物として生きて行く力は強くなることに期待。もう一つ期待したのは、「東京で暮らしてフツーと思っていることは、たまたまそこで生まれたからフツーなんであって、それぞれの地域にフツーと思うことや面白いことって、いっぱいあるんだよ」ってことを、子供にも知ってもらいたいな、と思って第一回目はチャレンジしてみました。

―――ちょっとその頃の思い出を振り返ってみたいんですが、杉浦さんのお子さんが通われたのが日和佐小学校です。統廃合や耐震などの理由から数年前に建て替えられているので、まだ新しく、木造のステキな学校です。


クラスは30人弱なので、全校で150人くらい。それに対して、息子が東京で通っている学校の全生徒数はおおよそ4倍。けれども、学校の施設面積は日和佐小学校の方が2倍〜3倍は広い。東京では、運動場で遊ぶにしても隙間を縫うようにドッチボールしている感じで、誰かとぶつからないかをいつも気にして遊ぶようでした。それが日和佐だとただまっすぐ走って遊んでるっていう。

―――そうですね。まっすぐ100mとれる運動場がありますから(笑)。校外学習もトンボを捕まえて、観察したり。そういう体験ができるのが田舎の良さですよね。

杉浦さん まさに水を得た魚のように、子供ってこんなに生き生きするんだなという様子でした。東京だと、実際に「体を使って触れる」ということがあまりないんですよ。匂いを感じるとか。徳島での暮らしだと授業中もそうですし、休日もそういう五感をフルに使った経験ができたのが非常に良かったと思います。

―――特に日和佐小学校はカリキュラムを先生方が努力されているということもあって、水難事故防止の授業で着衣水泳を町内の海水浴場で行って、ついでにカヌーでも遊んじゃおうといったようなことや、J2で活躍する徳島ヴォルティスの選手が来てサッカー教室が行われたり、いろいろな取り組みが行われていますが、お子さんから感想など、聞かれていますか?

杉浦さん 東京でもプールで着衣水泳みたいなことはやるんですが、日和佐の子たちは市営プールみたいなところへは行かず、川で遊びますよね?息子は、学校の授業のカヌーがとても楽しかったようです。


また、デュアルスクールに通っている間は、住居兼仕事場となるお試しサテライトオフィスに住んでいるんですけど、そこからちょっと行くと、鯵釣りのメッカみたいなところもあって、朝釣って、朝ご飯に間に合いますよね。学校でも家庭でも、川や海が近い暮らしが気に入っているようでした。

―――そうですね。

杉浦さん 海も川も近いので最初にトライするハードルは距離的にも精神的にも低いですよね。

―――杉浦さんはこれまでにデュアルスクールで5回、美波町に来ていただいているんですが、7月が2回、10月が3回。7月に来られてお子さんが川遊びが大好きになったんですよね?


杉浦さん そうですね。基本的に水に触れていたいって感じですね。地元のご家族に誘っていただいて、川遊びをしました。この川はここが深くなっているとか、よく知っている方と一緒じゃないと危ないので、親同士がちゃんとコミュニケーションをとれるのも、子供が学校に行っているからこそ。子供経由で親子さんと知り合うことができるのが、デュアルスクールのいいところ。だたの旅行者だったら、なかなかわからないですよ。

―――生活の中でのつながりができるってことですかね?


杉浦さん 確かに人口は少ないんですが、私も含め、私の子供のことを知っている大人がたくさんいる。どんな方なのかというのが、こっちもわかっている。だから約束の時間に子供が帰ってこない時の焦り具合が東京と違うんですよ。東京の場合、携帯がつながらなかったら「どうしよう!」って探しに行くんですけど、徳島にいると「あの辺にいた」っていうのを隣近所の方から教えてもらえるので、誰と一緒にいるというのがわかると、「こっちに向かっているらしいよ」というのも聞けて、GPSよりも具体的な情報が入るのが面白いですよね。

―――おばちゃんネットワーク、スゴいですよね。

杉浦さん そうそう。だから子供だけで海の近くに行っていても、周りの大人が気にかけて教えてくれたりするので、そういう点では安心して暮らせましたね。

―――ここまで、『徳島で「働く」と「暮らす」を寄せる生活』ということで、お話を伺ってきましたが、デュアルスクールを通じて杉浦さんはそのことを体感できましたでしょうか?

杉浦さん 『ヒトカラメディア』という会社自体が「働く」と「暮らす」を面白くするというミッションを掲げています。会社という中身に適した器である「オフィス」を提供するということを考えていています。私の場合は「子供がいるから」とか、「東京で事務職をしているから」という理由で、チャレンジできなくなるというのは、自分で自分のやれることを制限しているように思います。一方で、子供からすると面白そうに仕事をしている大人って、とても魅力的だと思うんですね。ですから、私は工夫して「働く」ことと「暮らす」ことをもう少し寄せて、子供も面白い経験ができるし、私も新しいことを試せるっていうのが、このデュアルスクールを通して体験できたと感じています。1回目のデュアルスクールの体験の後、社内の制度が増えました。会社の中で家族の看病理由になるんですが、月4回まで在宅ワークOKの制度ができたり、時間単位で有給を取得できるようになったり、オフィスに子供が帰ってきてもOKな制度ができたりと、東京でもちょっとずつ「働く」ことと「暮らす」ことを寄せて生活できるようになってきているかなと。そのスタートがこのデュアルスクールだったな、と感じています。

―――杉浦さんは「美波町にいる間は親子の時間が長い」ってよく言われていましたね。

杉浦さん 住居が2階でオフィスが1階なので、徳島にいるときは通勤時間がゼロ。通勤時間でロスしていた分は子供と一緒にいる時間になったり、家事や自分の時間に使えるので、徳島にいるときの方が時間的にもスペース的にも余裕があったと思います。

―――ありがとうございます。では、最後にデュアルスクールに興味のあるという方へ何か一言アドバイスをお願いします。


杉浦さん 生活拠点が変わるということに関してはそれなりに負荷がかかると思うんですが、チャレンジできる機会があれば、ぜひ試してください。経験することができれば、子供にとっても親自身にとっても非常にいいことだと思います。「徳島に行くたびに元気になって帰ってくるね」と東京のメンバーからも言われています。東京での普段の生活が情報過多で疲れていたということも知るきっかけになったので、徳島での暮らしは元気を充電する機会としても使えるので、ぜひチャレンジしてみてください。

―――本日は、ありがとうございました。

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プロフィール/株式会社ヒトカラメディア 杉浦 那緒子さん


愛知県出身・東京在住の小学生の子供がいるワーママ。ヒトカラメディアにてベンチャー企業様のオフィス移転をサポート。都市と地方の2地域間の学校に通うことができる「デュアルスクール」事業の参加者第1号でもある。2016年秋のデュアルスクール初参加を皮切りに2018年まで5回の参加、述べ滞在期間は11週間(約3ヶ月)になる。「リモートワーク」「在宅ワーク(大人が家で仕事をする)」「オフィス帰宅(子供がオフィスに帰る)」「環境づくり」「業務改善」など、育児×会社×社会の新しい働き方を日々模索中。

<掲載実績・登壇実績・経歴詳細>

https://www.wantedly.com/users/13889581

 

移住アドバイザー直伝!移住成功の極意

あけましておめでとうございます!

ついに2019年、平成最後の年を迎えました。
「今年こそ田舎暮らしを始めたい!」と意気込んでいる人も多いのではないでしょうか?

しかし、以前に比べると地方移住にはっきりとした目的や目標をもって移住先を探す人が減っているように感じます。その反対に増えているのが「なんとなく田舎で暮らしたい」というぼんやりと田舎暮らしに憧れる人たち。いわゆる漠然層が多く、ふるさと回帰支援センターで行われる移住セミナーでも漠然層をターゲットに田舎暮らしにかかるお金や地方の人間関係などをテーマにしたものが増えています。

そこで移住について、四国の右下エリアでの暮らしについて実感してもらえるよう、現在に至るまでの約40年間、お世話した移住者の数は200人を超え、定住率は100%を誇る徳島県移住アドバイザーの小林陽子さんに『移住成功の極意』を伺いました!

これまで何人もの移住に携わった小林さんに、スムーズな移住のコツとは・・・。

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徳島県移住アドバイザー 小林陽子
1950年徳島県海部郡日和佐町(現美波町)生まれ。関西へ進学し、結婚。1983年にUターンし、作家・瀬戸内寂聴さん主宰の『寂聴塾』に参加。寂聴さんとの長年の交流とパワフルな生き方が注目され、2018年春に日本テレビ『人生が変わる1分間の深イイ話』に取り上げられ、寂聴さんの愛弟子として話題を呼んだ。現在は総務省過疎対策委員も務める。

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極意その1
1年間は静かに暮らすこと

いきなりやる気を削ぐようですが、私は移住する人には「1年間は静かに暮らして」と言います。地域のために役に立ちたいとか、特別なことをしたいと張り切る人もいますが、まずは自分の生活を安定させることが最優先です。移住したすぐはATMがないとか、大きなスーパーがないとか、都会のモノサシで町を見ます。時間、距離、セキュリティ、いろんな感覚が都会とは違います。環境・水・方言などの変化に慣れず、体調を崩す人が多いです。まずは家や生活を整え、地域の中で知り合いを増やし、人関関係を知ることが大事ですね。田舎へ行くと1年間は目立ちますよ。2~3年もたてば馴染みます。慣れて、馴染んで、それから地域のことを考えたり、やりたいことやってください。

 

極意その2
田舎にはプライバシーはないと思え

個人情報とか、プライバシーを気にする人は、あんまり田舎には向いてないですね。ご近所には冷蔵庫の中身まで知られていると思ってください(笑)。移住者に興味津々で「どこから来たの?」、「仕事は何をしているの?」、「どうしてここへ来たの?」は必ず訊かれる質問の3本柱です。悪気はないのです。訊かれると思い、答えを準備しておきましょう。それから外出する時、ご近所さんから「どこいっきょんえ?(どこに行くんですか?)」と声をかけられることが多々あると思います。いちいちどこへ行くか答える必要はありません。そういう時は「ちょっと」と笑顔で言えば大丈夫。何か話さないといけない時はお天気を話題にすればいいです。町の行事への参加や集落への集まりなど苦手な人もいるでしょう。移住するときに相談した自治体の人やご近所や集落の長に、前もってサラッと相談しておきましょう。そういうコミュニケーションにもすぐ慣れますから、田舎ならではの距離感を楽しんでください。

 

極意その3
家探し、移住はできたら1、2年かけるつもりで

田舎暮らしのいいところは家賃が安いこと。徳島県では安く貸してもらう代わりに改装費を借り手が負担して、自分好みにリフォームするというやり方が大分浸透していますね。田舎でも不動産屋さんがある地域もありますが、役場に相談すると空き家を紹介してもらえます。相談してすぐにいい物件が見つからなくても、希望を伝えておいて時々連絡しましょう。希望の物件が出たら知らせてくれるので、ご近所がどんな方か、地域の特性も含めて1~2年かけてでも自分が「いいな」と思う家をじっくり探した方がいいですね。徳島は台風が来るので古民家は雨漏りが要注意ですよ。シロアリの被害も含め、改修ヵ所を貸主か借主のどちらが直すか、まずよく相談してください。改修費用の補助がある自治体もあるので、上手に活用するといいですよ。

 

極意その4
お金の準備はできていますか?

移住相談の際、失礼承知で「お金ありますか?」とお訊きするようにしています。「田舎へ行けば家賃も安いし、何とかなるだろう・・・」ではダメですよ。引っ越しや車の購入など、結構費用がかかります。それに仕事はありますが、都会ほど給料がもらえるとは限りません。環境の変化で体調崩したり、何がおこるかわかりません。移住した場所に、困ったとき頼れる人がいるかは大事です。知り合いや身内で相談できる人がいるといいですが、見ず知らずの土地へ行くのであれば、ある程度しばらく生活できるお金の用意はしてきて下さい。特に起業されたい方、いろいろな支援制度はありますが、資金を蓄えて、それなりの準備はしてきてください。

 

極意その5
一生過ごすと思わず、軽い気持ちで移住せよ

 

最近「田舎暮らしが向いてないと思えば都会に帰ればいい」って思ってます。私も都会からUターンして40年近くなりました。今はインターネットで欲しいモノも情報もすぐ手に入るし、気軽にどこへでもでかけられます。「一生住まなくては!」なんて、そんなに重く考える必要はないですよ。今は「田舎で暮らしたいな」と思っていても、この先どうなるかは、わかりません。そんなに覚悟して来なくてもいいんです。自分自身やご家族が「ここで暮らしたい」と思える場所を見つけられることが一番です。「徳島がいいな」と思ったら一度遊びに来て、田舎のよさや人のよさ、生活を体感してください。お待ちしています。

 

 

 

寂聴塾特別講座2016

1981年に開講した寂聴塾。徳島県の文化向上のため、瀬戸内寂聴さんが手弁当で始めた私塾だ。その寂聴塾の2期生で、現在も交流がある小林陽子さん。今、地域の存続をかけて日本全国の自治体が取り組んでいる“移住”。小林さんは美波町の移住コーディネーターとして活動し、これまでも人と町とをつないできた。そうした移住の現場で問われるのは「住まいと仕事」ではなく、「地域の魅力」や「人間関係」。それは寂聴さんが寂聴塾を始めたときに考えたことと、どこか重なる部分があるのでは…と、寂聴塾開講35年の節目を迎える今年、もう一度教えを請うため、早春の京都へ向かった。

※インタビューは敬称略。このインタビューは2016年3月上旬のものです。

 

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小林:先生、今年でね、寂聴塾の2期目が終わって30年になるんです。

寂聴:まあ、ほんとう!

小林:先生が寂聴塾を始めてから35年なんですよ。今回のインタビューにあたって計算したら30年以上経っていてびっくり。今回はホンマにええ機会だと思いまして。当時、先生が徳島で塾をされようと思ったのは何かきっかけがあったんですか?

寂聴:私は徳島で生まれて育ったからね、故郷に恩返ししようと思っていたんですよ。それまでは自分の生活に無我夢中だったから。あの頃いくらか時間的にも余裕ができていたんです。私の前には徳島から作家は一人も出ていないし、無償で塾をやりました。

小林:寂聴塾へ行って、私もよく考えるようになりました。

寂聴:あんまり文化度が低いからね。ちょっとでもものを考えるように。本を読むように。最近の人たちは自分のことしか考えないからね。生きている限りは自分の幸せだけじゃなくて、世の中の自分というものを考えるべきでしょう?「世界と自分」というものを。考え方を大きく持てということを教えようと思って。塾生はみんなよくなりましたよ。とてもイキイキして勉強するようになりました。徳島の人間は素質は優秀なんですよ。頭がいいんです。偉い人があんまり出ないからコンプレックスを持っているけど、みんな非常に優秀なの。だからもっと自由になった方が良いですね。

小林:それはずっとおっしゃっていますね。

寂聴:優秀なのに優秀でないように思い込んでいるのね。それで卑屈になっている。 不必要なコンプレックスに抱えている。

小林:徳島のイメージって、どんなものだったんでしょうか?

寂聴:徳島って、全国的にあまり知れていないのね。「徳山ですか?」とか「福島ですか?」とかね(笑)。 それで「阿波踊りの徳島です」っていうと「ああ」って言って思い出してくれる。だから、徳島の人にもうちょっと頑張って欲しいし。そのためには若い人を励ますしかない。 そう思って塾を始めました。

小林:私、文章を書く塾って知らなくて入ったんですけど、逆にそれがすごく良かったです。書くことによってだんだん自分がわかってきた。何をしたかったかとか、何に悩んでいたかとか。

寂聴:寂聴塾を始めた時、最初ものすごくたくさんの応募があったんですよ。その中から選抜して、50人ほどの人を迎えました。50人くらいでしたら顔も覚えられますからね。

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小林:寂聴塾で教えていただいたことがすごく役にたっています。私、今、移住コーディネートをやっているんですが、美波町へも移住希望者がたくさん人が来るんですよ。

寂聴:陽子さんはね、いつも世の中の動きより一歩早いよね。あなたから思いついたことが必ず問題になって、社会的な動きになるのね。だから政治家になった方が良い。

小林:政治家っぽい衣装はあるんでいつでもなれますよ(笑)。30年前、大阪からUターンしたときの経験は今でも忘れられません。故郷へ帰ったにもかかわらず、「おかえり」っていう感じがあまりなかったんですよ。

寂聴:私も徳島へ帰った時「おかえり」なんてなかったけどね。まあ私の場合悪いことして出てきているから(笑)

小林:私、悪いことして出てきてないもん(笑) 今、移住が社会現象になっていて、移住を希望する人の相談を受けると、ほとんどの原因が人間関係なんです。

寂聴:ああ、それは例えば会社の人間関係とか家族の人間関係とかが多いでしょう?

小林:はい。年配の方が引っ越してきても、親子関係が切れているんです。だからその子供たちはついてこない。ご年配の方お一人でやって来る。 田舎の人間関係が煩わしくてみんな都会へ行くと思っていたんですが、今は人間関係を求めて田舎へやって来るんですよ。

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寂聴:人間関係を求めているの?

小林:そうなんですよ。「どないしよる?」と心配してくれたり、声をかけてくれたりするのが嬉しいと言っている。そのことに私はびっくりしているんです。

寂聴:やっぱりみんな寂しいのね。孤独なんでしょうね。都会の人達は。人がうじゃうじゃしているんだけど関係ない人ばっかりだもんね。電車に乗ってもみんな関係のない人。マンションだって、隣の人が誰かなんてわからないもの。

小林:そうですよね。私が移住相談をしていると、寂しいのか、そうやって声をかけてくれることが嬉しいと言って人がやってくる。

寂聴:相談婆さんみたいになったら良いじゃない。細木数子みたいな占いをする人。この間新聞を見たら宗教法人を始めるとか書いてあった。宗教法人なら税金がかからないから。それでいよいよお金儲けをするって書かれてましたよ(笑)

小林:相談婆さんになるのはいいんですけど、私ってお節介の度がすぎるでしょう?だから人に深入りしてしまうんですよ。阿波女は情が深いと言いますか…。

寂聴:それはあなたの性格だから、なんでも深く入るのね。人間関係って本当に煩わしいからね。例えばね、私のところに亭主の悪行ばかり言ってくる人がいるんですが、そういう人に「もう別れたら良いじゃないの」って言う。「そんなのもう治らないよ」って。そしたらね、「ああ、そうですね」と言って帰っていく。でも今度は亭主から電話がかかってきて、「ようも言うてくれたな!」って怒ってくるのよ。 だからね、聞いてあげれば良いの。聞いてあげれば、答えはいらないのよ。

小林:はあ、そうか。

寂聴:「こうしたらいい」なんて絶対言っちゃダメなの。「そうね、そうね、辛かったね」と言って、「でも良い時もあったでしょう?」と聞くんです。そうすると「はい、昔は〜」と良い頃のことも思い出して心が安らぐ。それからね、あなたは進歩的だから移住促進のことを前へ進めていこうとするかもしれないけどね、「また陽子さんが出しゃばっていらんことしよる」って思っているかもしれんよ。

小林:気をつけないといけないですね。

寂聴:それでだいたい嫌われているのよね(笑)

小林:そんなこと言わんとってください!(笑)今、東京とかで行われている移住フェアはものすごい大きな会場に各県がブースを出して、移住者の取り合いのようなことが起きているんです。各自治体の担当者はその中でどうやって移住者を獲得するか考えなくてはいけない。移住先は東京から近い長野県や山梨県が人気ですけど、寒いのが嫌で、冬になると、もう、ただぬくいという理由だけで美波町へやってくるんですよ。

寂聴:ははは。

小林:笑い事じゃないですよ。

寂聴:それはあなた、笑っていいのよ。その人たちが簡単に移住を考えているから。

小林:さっき、「移住者の話を聞いてあげれば良い」っておっしゃっていましたけど、話を聞いていたらついお説教みたいに言ってしまうことがあるんですよ。

寂聴:それは言っちゃダメ。向こう側が辞めざるをえないように言わなきゃいけないの。

小林:テクニックがあるんですか?

寂聴:「いやあ、それは辛いですねえ」って言って、「でもね、ここへ来たら違う辛さがありますよ」って。「あなただけに教えますよ」って言うんです。

小林:なるほど。

寂聴:それでダメなこといっぱい、いっぱい言うのよ。

小林:そうか!町に合わないという人には、ダメなところを言えばいいんですね。

寂聴:「この町に人がいないのは、みんな人が出て行ったからですよ」って言うのよ。

小林:美波町は移住者を受け入れないと人口もどんどん減っていって、過疎になっていく非常事態なんです。ほっておけば誰の管理もされない空き家は増えていくし、若者は減るし、漁村だったのに魚屋さんもなくなった。とにかく人が減るっていうことの恐ろしさを、みんな今になってやっと実感し始めているんだと思うんです。今、移住のことをさせてもらって思うのは町の質、県の質を上げていかないと移住者を獲得できないということなんです。先生も徳島は「文化果つるところ」とおっしゃっていましたが…。

寂聴:徳島は全国で最も本を読まない県みたいですよ。私の全集が出た時も、全集なんか買う人いない。そういうところなんです。

小林:移住者は人間関係を求めてくるんやけど、文化的な質の高さがないと見知らぬ土地で生活を続けていくことは難しいと思うんです。私が寂聴先生のところへ行ってホッとできたのも、文化的なものがあったからなんです。

寂聴:私が塾をしたのもね、文化を高めたかったからなんです。少なくとも塾生はものを考えるようになった。

小林:寂聴塾へ行くことで田舎暮らしの埋没感から抜け出せたんですよ。大阪から戻った当初は、日和佐にいるとだんだんだんだん沼の中に入っていくような埋没感があったんですが、先生のところへ行くと回復したんです。

寂聴:あなたも塾をしたら良いんじゃない?塾の経営者をやったら? SEALDsみたいな若い人に来てもらって、そんなに高くない金額でやってくれるような人を講師として連れてきたらいいじゃない。

小林:それは良いですね。そしたら町も注目を浴びるし、感度の高い移住者が集まるし。やるとしたらどこでやったらいいですか?美波町?徳島市内?

寂聴:うーん、美波町だとちょっと遠すぎるわね。徳島市内まででしょうね。

 

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小林:私がもうひとつ、移住支援している中で悩んでいることがあるんです。ボランティアで移住のお世話をしていた時は、自分の気の合う人だけを選べた。でも今は移住を希望する人が多すぎて…。赤ちゃんから90歳の人まで来るんです。

寂聴:赤ちゃんはお母さんに連れられてくるのだろうけど、90歳の人はなぜ移住するの?

小林:理由を言わないんですよ。「田舎で自分がしたいことをしたい」とか、「年金だけで暮らしていて、お金がない」とか当たり障りのないことしか言わない。行政も高齢者の地方移住を推進しているんですけど、心の底でみんなが移住してきて欲しいのは、若い人なんですよ。

寂聴:でも若い人はあんな田舎行きたがらないんじゃない?

小林:それがこの頃来たがるんです。

寂聴:ああ、そう。

小林:都会で疲れた人が来たがりますね。

寂聴:そしたらじゃあ、若い人だけ呼べばいいじゃないの。

小林:若い人は仕事や家、場合によってはお子さんのことまで面倒見ないといけないから大変なんです。昨年、ドイツで暮らすハーフの夫妻が日本での暮らしを子供たちに体験させたいと短期移住されていたんですが、その時なんか小さいお子さんがマダニに噛まれて、隣町の病院まで車に乗せて走りました。今、私は町から“移住コーディネーター”という肩書をいただいているんですが、一昨年までの給与は月3万円。電話代やガソリン代で無くなってしまうようなお金でしたけど、でも、それでもまあ良いかなと思ってやっていたんです。でも移住相談に来る人が多すぎて、みんな生活にも困り、疲れ果てているのでこちらの負担も大きいんです。先生は尼さんやからお金をとって悩みを聞くわけではないと思いますが、お金に関してはどうすれば良いですか?それに定住に至るまで、こちらも必死になってお世話したのに、「陽子さんがいなくても出来た」って言われるんですよ。

寂聴:それは腹が立つわね。何でそういうこというの?

小林:わかりません。そういうのがあると虚しく辛くなるんですよ。

寂聴:言えばいいじゃない。

小林:言ってもいいんですか!?

寂聴:いいですよ。「忘れてるの?私が世話したじゃない」って。他の人が言ったらおかしいけど、陽子さんが言ったらおかしくないわよ。

小林:そうですね。

寂聴:辛抱しなくていいの。もう、人間はね、辛抱することないの。今夜、死ぬかもしれないのよ。嫌なことは片付けていったほうが良い。好きな人がいたら今、言った方がいいの。あなたはね、体が大きいしね、よく喋るからみんなは陽気だと思っている。でもね、体が大きい人ほど繊細なの。長年生きてきてわかったんだけどね、「あの人細くて神経も細そうね」と思ったら、その人は図々しい。ぷくぷく太っている人が非常に傷つきやすいの。

小林:傷ついているの、私(笑)

寂聴:だから誰も陽子さんのことを神経細いなんて思ってくれていないのね。

 

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小林:先生、最近はなかなか徳島へも帰れなくなったでしょう。

寂聴:病気をして以来、なかなか。3時間車に乗るというのはとても難しい。

小林:徳島にはあまりいい思い出がないんじゃないですか?

寂聴:いやいや、そんなことない。だってもう随分良くしたから好きです。それに生まれて18年ずっといたところだし。

小林:そうですか。鳴門にも住まわれて、あれは二地域居住という流行りのスタイルですよ。

寂聴:そうね。『ナルトサンガ』を作って、毎月行っていました。そうしたら全国から集まってくるの。本当に全国から来るんですよ。その日だけ。ここでも法話をやっているけど、たくさんの人が来ると全員入らないでしょう。ここに来たくても人数が多いと抽選になるので、落ちた人は鳴門へ申し込んで、どんどん来るから、最初に青空説法をしていたんですよ。でもお天気が合わないみたいで雨が降るの。それでね、みんながかわいそうだからね、鳴門に蔵があったから、蔵でするようにしたんですよ。100人くらいしか入れなかったんだけど、でもね、その蔵がとても良かったの。来てくれた人の顔が見られるしね。近くで会話できるからね。でも私自身が体が弱ってきて、鳴門まで行かれなくなって。だってあと2ヵ月で満94になるんですもの。

小林:また腰の骨を折ったら大変ですもんね。京都から徳島を見ていていかがですか?

寂聴:帰らなくなったからとても良く見えるわよ。なんだかんだ言いますけど、昔に比べたら徳島は随分良くなっていますよ。人にも知られてね。 消費者庁のサテライトオフィスも出来るなんていう話だってありますしね。知事さんのおかげで徳島は良くなったよ。

小林:どのようなところが良くなったと思われますか?

寂聴:今の知事さんは割と積極的だからね。いろんなことをするでしょ?それに陽子さんの邪魔なんかしないじゃないですか。普通は邪魔するのよ。私を上手に使うしね。必要な時はパッと使う。そういうのは政治家ですよ。

小林:他には徳島についてどんなことを思い出しますか?

寂聴:子供の時のことを思い出しますね。箱回しって知ってる?人形回しっていうのが来るんですよ。紙芝居をやる人が絵を持ってくるように人形を担いでくるんです。箱の中には3つに折った人形が6つ、入ってるんですよ。棒に竿を渡してね、その竿につづらの中にある人形を出して、かけるの。それでね、担いできた男が口三味線で浄瑠璃をやりながら人形をまわすの。子供は一銭で飴を買って、その人の前に集まるの。気が付いたらその後ろに大人がいっぱいいて、徳島の人はみんな浄瑠璃を語れるでしょう?だからね、見物のお客さんが浄瑠璃を語ってくれるのよ(笑)

小林:情景が浮かびます。

寂聴:本当にいろんな人が集まってくるんですよ。エプロンをかけたおばさんとかね。うどん屋の兄ちゃんなんか運び終わったうどんの箱を片手で持って見ている。もう、それは楽しかったね。浄瑠璃が始まる合図は太鼓を叩く音なんだけどね、太鼓が鳴ったら子供たちは飛んで行っていた。それを見ていると男と女がいて、付き合って、恋愛をしているわけ。でもそこには幸せだけじゃなくて苦労があるんだなあ、っていうのがわかるんですよ。もちろん当時は恋愛なんて言葉はわからないけど、なんとなく、言いたいことはわかるんですよ。本が読めなくても、人形劇ならわかるじゃない。それは私の文学の原点です。

小林:そういう体験は文化芸術の基礎ですよね。私は今、徳島に文化芸術の基礎になるものが少なくなくなってしまっていると思うんです。寂聴塾から35年。ここを巣立っていった人たちが、今、当時の先生と同じように「徳島をどうにかせな!」という思いを抱えていると思います。世界中に散らばっている塾の卒業生に向けてメッセージをお願いします。

寂聴:みんなに会いたいですね。みんなそれぞれ自分の才能を見つけてやっているからね、嬉しいですよ。やってみなきゃ結果は出ないんだからね。だいたい徳島の人はね、やる前に「あかんよ」っていうんですよね。でもやってみなきゃわかんない。徳島の人は女が優秀なんですね。どこが優秀かというと、経済的観念があるの。だからね、徳島の女をお嫁さんにもらうと必ずお金ができる。どこが経済的かというとね、「始末」っていう言葉があるでしょ? けちんぼとは違うんですよね。それと、よく働くの。夜なべもして働くの。男は遊んでばっかりいられる。だから徳島の女をお嫁さんにもらうと良いの。

小林:そうですね。先生、これまでもたくさんの取材に答えられてきたと思いますが、今、世の中について感じていることは何ですか?

寂聴:それはもう戦争は起きちゃいけないということ。今の政府は戦争したくてしょうがないからね。安倍さんがいる間に改憲したいって言っているでしょう。とんでもないこと。私は長く生きてきましたからね。その経験から言うと、今というのは、長い戦争が始まる前の雰囲気です。太平洋戦争の時もこんな風だったの。そしたら戦争が始まったの。だから、それを知っているのは一握りの人なのよね。 今日も世界のどこかで人は確実に死んでいっているのよね。だからね、あの戦争で生き残っている私なんかは、どうしてもそれを言わなくてはならないのね。戦争が始まったら、本当に、あなたたちが殺されるんだからね。これから生まれてくる子どもが殺されるんだからね。嫌でしょう?そんなの。今度は女にだって召集令状が来るかもしれない。今の政府の人は戦争を知らないから、戦争をしようとするんですよ。戦争を知っている人はほとんど死んでいるし。絶対戦争はダメ。原発もダメ。日本は、地震国なんだから、地震国に原発なんか置いてどうするの?今ね、オリンピックに向けて騒いでいるけれど、そんなお金があるんだったら、東北の被災地の人たちの支援に力を注ぐべきではないかと思いますね。

小林:今日は、ありがとうございました。