那賀町の歴史に名を残す 史上最強の歌のおねえさん登場!?

代官山駅より徒歩1分のところにあるライブハウス『晴れたら空に豆まいて』のオーナーであり、歌手の越路よう子さん。取材者が越路さんを初めて見たのは2015年。拝宮農村舞台の出演者として現れた女装のアーティストにギョッとするも、その歌声と那賀町をリスペクトする謙虚な姿勢に感動し、すぐにファンになりました。そんな越路さんが、なんと!2016年8月から那賀町の地域おこし協力隊となり、現在では東京と那賀町を行き来しながら世界に向けて那賀町をPRし、その熱意と愛は、日本の中枢にいるミュージシャンのほとんどを洗脳したとか、しないとか!? 農村舞台の新たな風を吹き込み、檜瑛司さんが残した徳島に伝わる民謡のアーカイブなどを通して、この町で培われ、今も残る暮らしや風習に最上の価値を見いだす越路さん。那賀町との出会いを振り返りつつ、越路さんが見た那賀町の魅力についてお話を伺いました。

拝宮農村舞台との出会い

―――那賀町にいらっしゃる以前、徳島県や那賀町についてご存じでしたか?

越路さん 久保田麻琴さんという音楽家の方に私の1枚目のアルバムをプロデュースしてもらったことがあるんですが、久保田さんが阿波踊りを題材にした『ぞめき』というアルバムを出されていて、それが非常に印象的で。それを聞いたときから阿波踊りの本場・徳島に惹きつけられました。

―――那賀町に初めて来られたのはいつでしょうか?

越路さん 2015年の6月ですね。絵描きをしている辻蘭子(元地域おこし協力隊)に、拝宮農村舞台の出演者として呼ばれたのが、最初です。

―――拝宮農村舞台はいかがでしたか?

越路さん まぁ、とにかく驚きでしたね。あんな険しい山の中に野外ステージがあって、襖からくりなどの舞台装置もある!しかも拝宮のような農村舞台が徳島県内に無数にあると聞いて、さらに驚きました。

―――現存する人形芝居用の舞台の約97%が徳島にあって、その中でも拝宮は特に人気の農村舞台ですね。

越路さん 拝宮は野外ステージとしても最高で、音環境がむちゃくちゃいいんですよ。普通、屋外になればなるほど、モニターをいっぱいつけたりするんですが、それが全くいらないという。拝宮は舞台の後ろが借景になっていて、自然の風景と目の前のお客さんとが区切りがなく、すべてが調和が取れて、一体感を感じられるんです。その感覚は単純に舞台に立つ人間として、こんな幸せな場所はないという、そんな幸福感に包まれたみたいなものがありましたね。

―――その時の感動がきっかけで、那賀町の地域おこし協力隊になられたと。

越路さん そうですね。農村舞台も含め、那賀町の素晴らしさを世界に広めたいな、と。ただ発信するだけじゃなく、仕事として繋げてこちらで暮らしていけるよう、「何をどうすればいいか?」と考えていた時に、絶妙なタイミングで「地域おこし協力隊というのがあるよ」と教えてもらって。

―――那賀町の地域おこし協力隊は、勤務は月の半分、副業もOKなフレックス制度がありますから、比較的自由に活動できるのがいいですよね。

越路さん ホント、ありがたいシステムです。こちらに拠点を置いて檜瑛司さん(徳島県鳴門市出身。舞踊家で民俗学研究家)が残した徳島に伝わる民謡、民俗芸能のアーカイブにも取り組みたいと思っていましたし、他のミュージシャンにも那賀町の素晴らしさを体感してもらいたいと思っていたので、そういった活動を支援してもらい、実現できたのは町のおかげです。

―――越路さんを通じて、2017年に山下洋輔さんやオマール・ソーサさんという世界的な有名なアーティストも拝宮農村舞台で公演いただきましたが、その方々の反応はいかがでしたか?

越路さん それがまたすごくてですね、山下さんはそのときの感動を新潮社に書いているコラムに長々と綴り、オマール・ソーサは拝宮に降り立った瞬間から「もう鳥肌が立っている!」と。彼は瞬時に拝宮の圧倒的な美しさと場の力を鋭くキャッチして、「次回はギャラ30ドルでもいいから呼んでくれ!」って言ってました。オマールのように影響力のある人が発信してくれると何百倍、何千倍のPR効果があるので、今後も心通う人たちを那賀町へ呼び寄せたいと思っています。

―――ミュージシャンの公演以外に農村舞台の活用に他の可能性を感じていらっしゃるとお聞きしました。

越路さん そうですね。農村舞台に神社が併設されているので、農村ブライダル的なものを演出していきたいと思っています。舞台に囲炉裏もありますし、あの場所を会食場として使って、お祝いに三番叟を演じてもらったり、人形浄瑠璃を絡め、那賀町の個性を生かした結婚式が作れるんじゃないかと。他にも落語や浪曲、ライブペインティングなども含め、パフォーマンスの場としても活用できるんじゃないかと考えています。

『阿波の遊行』制作秘話

―――2018年夏、先ほどお話にも登場した檜さんが残した資料のアーカイブ事業の一環として、祭礼歌や田植え歌などをまとめた『阿波の遊行(あわのゆぎょう)』という2枚組CDを発売されました。発売までには大変なご苦労があったそうですね。


製作販売:那賀町音盤
配給:アオラ・コーポレーション http://www.ahora-tyo.com

越路さん 檜さんは1968年から約20年間にわたり、徳島を中心に四国各県にも足を伸ばし、地元の民謡の録音や撮影を行っていたんです。当時の記録方法はオープンリールだったんですが、ご自身で録音機を担いで回られて。その膨大な音源をどうにか再生しようと思ったら、オープンリールを聞ける民生機は絶滅しちゃってたんですよ!

―――え!?

越路さん あちこち問い合わせて、京都に1軒だけ民生機を貸し出しているところがあることがわかって。

―――よかった!!

越路さん オープンリールを再生するために、世界中から京都に借りに来ていると、わかったはいいんですけど、テープ自体が腐ってて。ほとんどがベコベコ。そういう状態を“ワカメ”って言うらしいんですけどね。亀裂が入ったり、カビが生えていたり・・・。まずはそれを修復してくれるところを探そうということになったんですが、それにも苦労しまして。

―――直してくれるところはあったんですか?

越路さん 津波で流されちゃったテープとかを修復する、特殊な復元技術を持つ『東京光音』というところを紹介してもらい、そこに修復を依頼して。まぁ、ここまでが第一のハードルでしたね。

―――第一ってことはまだ大変なことがあったんですね。

越路さん そうなんです。次のハードルが音源の編集作業。録音されているのは楽曲だけじゃなく、その前後にインタビューが入っていたり、物音だったり、いろいろなんです。その部分をカットして曲だけを取り出していくと、2000曲ありまして。で、それを久保田麻琴さんにお渡しして、音の調整をしてもらって・・・。

―――久保田さんに依頼されたのはなぜですか?

越路さん 久保田さんは、とてつもないプロデューサーなんですよ。エリック・クラプトンと一緒に世界ツアーを周ったり、YMOの皆さんとも仲がいいですし、音に対してちょっと神がかった感性を持っていらっしゃる方で。私もお世話になった縁で、「こりゃ、久保田さんしかないな!」っていうことで、久保田さんにお渡しして選曲してもらったんです。

―――2000曲の中から54曲を選ぶのは、至難の技ですね。

越路さん そうなんです。2000曲、どれも素晴らしかったんですよ!歌っているのは、みんな村の人なんですが、歌手でもないのにとんでもない歌唱力と演奏力!! 昔の徳島にこれほどまでに豊かな文化があったとは!さすが“浄瑠璃の国!!”と、驚きましたね。

―――那賀町の曲もあったんですか?

越路さん CDにも入っているんですが、木頭のトッチンチンや、拝宮の歌もありました。音源は檜さんご自身が徳島の方でらっしゃるので、一部香川や愛媛もあるんですが、徳島がとにかく多かったですね。

 

那賀町で過ごすかけがえのない時間

―――もうすっかり那賀町に馴染んでいますよね。

越路さん 時間はかかったんですよ。急に女装の男が現れたら、疑われますから、普通。

―――あまり違和感を感じなくなっていますけど・・・。

越路さん 皆さんのおかげです。農村舞台って一言で言っても、それぞれに氏子さんがいらっしゃって、各地域のやり方で今までずっと守ってこられたわけですから。

―――本番のステージだけでなく準備や片付けなど、かなりお手伝いされたとか。

越路さん 農村舞台を守り、暮らしている人を大切にしなきゃという、いきなり何かをやっても、決して成功に結びつかないし、簡単にバンバンやってはいけないということは、大分早い段階で教えてもらいましたね。地元の皆さんのペースにあわせて、できる限り一緒に作業させてもらうと・・・。私ね、最初におじいちゃん達と打ち上げをした帰り道、涙が止まらなかったんですよ。東京から何人か連れてったスタッフも泣いちゃって。

―――何かあったんですか?

越路さん いろいろ話を聞かせてもらったこととか・・・何て言うか、那賀町の人達があまりにも優しくて。町の人の心に触れたっていう感覚が、那賀町に拠点を置こうという最強の決め手になりましたね。

―――田舎では何をするにも時間がかかるので、もどかしい面もあったのでは?

越路さん 東京のスピードが異常ですから。回転が速いので、準備も含め、人との関わりの基本である感謝の気持ちを伝えるとか、挨拶をするとか、そういったことがないがしろになりがち。それがあたかも人間として進化してるような空気があって、実は一番大事なところがどんどん、どんどん失われていってる。私はそれが怖くて、その勘を取り戻すためにも那賀町の方達と触れ合うと、原点に戻れる。地に足のついたふれあいのある、この町で交わされる笑顔とか、他愛のない話が、ホント、気持ちが良くて。誰かを貶めるとか、自分を蔑んで取る笑いじゃなくて、フツーに面白い話ができるって、強烈に楽しい。そういうことを日々教えてもらっているって思います。

―――なるほど。それでゴスペルの指導など、地域の人たちと積極的に関わっていらっしゃるんですね。

越路さん 指導と言うより、私は女子会って思っているんですけど、どうしても婦人会だけはいれてくれませんね(笑)。

 

世界へ広がる那賀町の魅力

―――今は東京と那賀町の二拠点居住されていますが、那賀町はどういう位置づけですか?

越路さん 私の人生にとって、ものすごく大事な場所になりました。代官山で『晴れたら空に豆まいて』というライブハウスをやっているんですが、私自身は横浜人なんですよ。東京が嫌いで。東京都民になりたくなくて、生まれてから今まで、横浜以外に住民票を移したことがないんです。


◎晴れたら空に豆まいて http://haremame.com/

―――横浜への愛着が強いんですね。

越路さん まぁ、言うなれば横浜のファン。だから絶対、「住所は横浜」とこだわっていたんですけど、生まれて初めて住民票を移したのが那賀町。それ以来、東京にいる時も那賀町の話しかしていません(笑) 私のまわりのミュージシャン仲間は大体、那賀町を知ってますよ!福山雅治さんのツアーでバンマスをされている井上鑑さんや俳優の三上博史さん、この前、佐野元春さんもちょっと洗脳しましたし、会う人、会う人に「那賀町、知らないの?」って刷り込んでます。

―――頼もしいです!

越路さん 東京でPRするというより、世界に広めたいと思っていて、オマールの演奏もポルトガル語や広東語のテロップをつけてフリーサイトにガンガンUPしていて、那賀町での公演もそんな風にして海外に発信していって欲しいと思います。

―――越路さんが今思う、那賀町の魅力とは何でしょうか?

越路さん 滝だったり、吊り橋だったり、見所も結構、あるんですよ。川の透明度や自然が多いっていうのも魅力ですし、ダムも人気。そうした中でも個人的にスゴいと思うのは、食品や食材。漢方に使えそうな薬草やハーブが身近にたくさんあること。それらがほぼオーガニック!それに物々交換がスゴい。貨幣経済を変えるんじゃないかっていうぐらい、生産者同士が直に取引して、お金云々という価値とは別の、暮らしの指針がある。そういう人のつながりが生む那賀町ならではの豊かさが、一番の魅力なんじゃないかと思います。

 

那賀町移住相談会のお知らせ

県と県内市町村がコラボして毎月1回、大阪で移住相談会を開催しています。
場所はふるさと暮らし情報センターです。次回開催は2019年3月9日(土)、那賀町が担当します。
徳島に行かずとも、地域の情報が詳しく聞けるまたとないチャンス!
興味のある方はぜひお越しください。

開催日:2019年3月9日(土)10:00~18:00
場所:大阪ふるさと暮らし情報センター(大阪市中央区本町橋2-31 シティプラザ大阪内1階)
お問合せ・お申込み 徳島県大阪本部:06-6251-3273

http://www.furusatokaiki.net/about/location_osaka/ 外部のサイトに移動します 別ウィンドウで開きます。