「徳島で夢を叶える若者応援フォーラム」レポート

平成30年2月4日(日)13:10~16:20、徳島大学長井記念ホールにて「徳島で夢を叶える若者応援フォーラム」が開催されました。

27749787_2052749998332944_5374369081459411701_n

対象は学生とその保護者ですが、一般も参加可能でたくさんの人が来ていました。
というのも、第1部は高野誠鮮さんによる講演会だったから!

高野さんといえば、TBSドラマ『ナポレオンの村』のモデルとなった型破りなスーパー公務員。地域資源であるお米を世界的なブランド米に育て上げ、限界集落の再生を成功させた活躍ぶりはよく知るところでしょう。現在は自然栽培を普及させて日本の農業を再生するという夢に向かって、第一線で活躍されています。

普通定年退職を迎える時に、再任用といってしばらく役所に残ってくれと言われることがあり、希望があるかないか聞かれるのですが、高野氏は1回も聞かれなかったと言います。定年を迎えたら役所から出て行けと言われ、評価も悪かったそうです。前職では番組の制作をやっていましたが、その後雇用が見つからず、役所の臨時職員を見つけたのが始まりでした。ただ、東京での生活が結構長く、色々な良さに気が付きました。何にもないと思って外へ出て、都会の方がすごいと思っていたけど、田舎にはものすごい宝があり、可能性がとても広がっていたそうです。役所では好きな事をやらせてもらい、NASAと交渉して宇宙機材をタダで借りたこと等もあり、そういう事ができるなら過疎の村の問題に取り組む事ができるだろうと言われ、始めたそうです。

石川県にある羽咋市神子原地区でした。高野氏が命を受けた時は高齢化率54%、平成7年に小学校も保育所も無くなっており、18年間子どもも生まれていません。

予算書を作って提出した時、動き出そうという時、何度も怒られたり、反対されたりしたそうですが、経験則のない人の許可が必要な所に、おかしさを抱いていたそうです。いてもいなくてもいい職員・いては困る職員・なくてはならない職員、役所の職員はこの3種類しかいないと言います。役に立つ所と書いて役所、役に立つ人と書いて役人だと言います。

知識という言葉、知は識にする。知っているだけではなく、それを見極め行動に移すことが重要だと言います。理念は目に見えないけど一番大事で核になっており、これが弱い人は行動に移さないそうです。地域社会の一番小さい単位が人であるから、1人の人間の中で起こる事は、地域社会の中でも起こると言います。

高野氏は、農家と農地をセットにして、移住してくる人を試験制度で選んでいったと言います。見学会には書類審査があり、見学できるのは選ばれた人だけです。さらに絞られ1組だけ最後の面接をして入ってきます。失敗している地域の共通点は、頭を下げていたという事です。頭下げて、お金あげて、来るのはそこに住みたい人ではなくて客だそうです。過疎に本当に欲しいのは、一緒に汗を流して、共同作業して、村祭りに参加する住民が欲しいだけだと言います。この試験制度により、出て行った人はいまだいないそうです。

また、過疎高齢化が進むと新しい取り組みをしなくなり、反対するのは農家のおじさんです。反対しなくなるには、お酒に強い女子大生が必要だと思ったそうです。そこで、農家のおじさんに「今日からお前はうちの娘だ」と言ってもらってから滞在がスタートします。

烏帽子親農家制度と名付けたそうです。農家民宿になるので、保健所からも色々と言われたそうです。それでも申請しなかったのは、田舎だと何百万ものお金がかかってしまい、農家の人が払えないからでした。この制度を海外にアピールし全国から100組以上の応募が来たそうで、滞在した学生が広めたことで大学の現地調査なども行われました。大学生を受け入れたことで地域の人の心が豊かになっていった事に気付き、この制度をやり続けたそうです。

次に、神子原で育てている米を、人工衛星を使い仕分けしました。この中でまずい米は農協に出荷し、美味しい米は高野氏が売る事になりました。天皇陛下やアメリカ大統領、ローマ教皇などの影響力のある人にその米を食べてもらいブランド化をはかろうとしましたが、うまくはいかなかったそうです。ローマ教皇にはしつこいほどに手紙を何通も出し、遂にローマ教皇への献上品としてその米が認められました。また、ワインの酵母菌を使用した超高級なお酒も造りました。

思った事や考えた事をすぐ行動に移せる人は多くありません。高野氏は会社を作る際、赤字になったら黒字にすればいい、売れなくなったら売れるようにすればいい、できないではなく、どうしたらできるかを考えればよいと仰っていました。

第2部では引き続き高野氏と、NPO法人ETIC.代表理事の宮城治男氏によるトークセッションでした。

宮城さんは、特に若者世代に向けて自分で事業を起こしたい人のスタートを支えるという事に取り組んできたそうです。これまで800人位のスタートを応援してきました。25年程前は会社を作るのは本当に特別な人で、大学生で社長になるとか、起業を考える人はいなくてそういう事を教える場所もありませんでした。宮城さんは起業家を支援する機関でアルバイトする先輩をきっかけに、会社は自分で作れるし、起業家になれるという事を知り、仕事は自分で作り出せるものだと知り、それを仲間に伝えたくて大学のキャンパスに活躍している業界の先輩に来てもらいお話頂くという事を始めました。気付いたら就職活動の時期は終わっており、そのままそれを仕事としてやっているそうです。

高野さんは今の大学生に対して、日本国内にとどまらずにいろんな所と接触してほしいと言います。大きくなろうとする時には、大きなスケールの人間と話した方がいいし心が豊かになっていく、同じレベルの人と話していても小さい事しか生まれてこないと言います。出来るだけ若い内にいろんな所を歩いたり、海外に出掛けたりという時間を過ごして、しっかりと見て、日本に帰る。これは都会に出て田舎に帰る感覚と同じだそうです。

日本以外の事に目を向けてほしい、他の国にできる事は日本にもできる、日本にもできるなら、徳島でもできる、国がやらないなら地方でやってみせればいいと言います。トビタテ!留学JAPANという留学を支援する国の制度があるので、是非興味のある人は使ってほしいと宮城さんは言います。

多少批判されようが、失敗という階段を上るだけ、最初からうまくいくなんて言う魔法のような事はなかった、気が付けばこれ以上階段がないという所まで来た、それが成功と呼ばれるだけの事です、何か一つの事を成し遂げようとしたら失敗してほしい、何回も失敗を繰り返して成功するまでやればいいと思っているそうです。自分の足で歩いて、目で見て、より多くの知識や見識を広めていければと感じました。