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四国への移住を考えている人は…

移住したいけど、今一つ決め手に欠ける…という人は、
移住コーディネーターの話を聞いてみては?
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移住フェアに出展しているブースの多くは自治体の担当者が対応を行っているところがほとんどですが、中には民間の移住支援団体や地域おこし協力隊が同行し、実体験を通して地域のいいところ、悪いところを話してくれるところもあります。

地元愛たっぷりに「うちにおいで!」と言われて移住したものの、「想像していた暮らしと違う」というミスマッチが起こらないよう、ひとり一人の幸せを最優先に話を聞くのがモットーというカリスマ移住コーディネーターの小林陽子さん。徳島県の移住交流情報サイトにインタビュー記事が掲載されていますので、ぜひご覧ください。
5月7日(土)に移住・交流ガーデン(東京都中央区京橋1丁目1-6越前屋ビル1階)で行われるとくしま回帰セミナーへも参加しますので、お立ち寄りくださいね。

インタビューはコチラ
http://tokushima-iju.jp/interview/414.html

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【インタビュー】前田恵町長に聞く 海陽町の移住事情

サーフィンのメッカとして、古くから全国のサーファーたちの移住候補地となっている海部郡海陽町。ここは、美しい海だけでなく、山、川と自然の三拍子が揃った町です。そんな海陽町の魅力や、移住者に向けた取り組みなどを、前田町長に伺いました。

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―転出者を減らすことはなかなか難しく、徳島県でも多くの地域が『消滅可能性都市』に名前を挙げられている中、『移住者』は地域を保ち、発展させていくための重要な要素です。今、海陽町の移住の状況はどうでしょうか?

前田町長:海陽町は、サーフィンのメッカとして有名ですから、昔からサーファーの移住者が多くいました。しかし、かつてサーファーの移住者というのは、地域住民から受け入れられてはいませんでした。それは、サーファーのマナーが悪かったことに起因します。上半身裸で町中をうろつく、海にゴミを残して帰る、など地元住民にとって彼らは“迷惑な人たち”でしかありませんでした。ですが、近年その状況は大きく変わってきたんです。海の清掃活動をするなど、彼らのマナーは改善され、地域に受け入れられるようになってきました。今でもサーフィンを求めてくる移住者は後を絶ちません。

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―そのような移住者は海陽町でどのような暮らしをしているのでしょうか? 仕事はどうしていますか?
前田町長:自然が好き、海が好き、サーフィンが好きなどの共通点はありますが、いろんな業種の方が移住してきています。サーフィン好きのお医者さんもいましたね。趣味を楽しむため、海陽町で病院を開業されています。こちらにきて農業を始める方もいれば、サーフボード作りなど完全に趣味を仕事にしている方もいる。もちろん、移住者を受け入れてくれる企業もあるので、普通に就職される方もいますよ。

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―海陽町に来れば、同じような趣味を持った仲間にたくさん出会えそうですね。サーフィン以外の海陽町の魅力についてはいかがでしょう?
前田町長:まずは、過ごしやすい温暖な気候ですね。私の記憶では過去15年は本格的に雪が降ったことがありません。その上で、海はもちろん、山、川と自然の三拍子が揃っていることが最大の魅力です。マリンレジャーだけでなく、山遊びから川遊びまで何でもできる。こんなに自然に恵まれた場所はないですよ。全ての自然があるから、海・山・川それぞれの食べ物が全部味わえます。また、田舎町ならではの人情味も魅力ですね。かつては印象が悪かったサーファーでも、今ではみんなが温かく迎えてくれますよ。

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―移住に関する現在の取り組みを教えてください。
前田町長:移住の際に必ず必要になるのが、住居と仕事です。住居については、現在海陽町の空き家調査を行っています。空き家の耐震診断や修繕箇所の有無について調査し、改修を行い、移住者に活用していただきたいと思っています。また、仕事については、誰でもきゅうり農家になれる無料の『きゅうり塾』を開講しています。海陽町には、使われていないきゅうり栽培の畑やビニールハウスがたくさん。きゅうり栽培のノウハウを学んでいただき、その畑を活用して農業を始められるのです。しかも、きゅうり農家は夏季の2〜3ヵ月が休暇時期になります。その間にサーフィンを始めとする海陽町のアウトドアレジャーを思う存分楽しんでいただけるわけです。かつて海陽町はきゅうりの一大産地でしたが、今は後継者不足で生産者が激減しています。でも、だからこそ、移住者が参入できる業種のひとつなのです。
一方で、サテライトオフィスの誘致にも力を入れています。そのために現在、元々デイサービスセンターだった『城山荘』を改修し、いつでも誰でも利用できるコワーキングスペースとして運営しています。企業の方でも、個人事業主の方でも、一度このコワーキングスペースを利用してもらって、海陽町で働く快適さを体感していただきたいですね。
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―これからの海陽町について教えてください。
前田町長:海陽町は、2021年に開催される『関西ワールドマスターズゲームズ』のサーフィン会場に立候補しています。それに先がけ、2016年の3月には海陽町で『四国の右下サーフィンゲームズ』を開催しました。このようなレベルの高い大会が行われることで、海陽町はサーフィンのメッカとして大きな盛り上がりを見せることでしょう。

―海陽町へ移住を検討されている方へのメッセージをお願いします。
前田町長:南国らしい温暖な気候、青く美しい海、町の中央を流れる清流・海部川…。海・山・川で一年を通してアウトドアスポーツが楽しめる自然豊かな環境、穏やかで温かい町民性、海の幸、山の幸、川の幸と四季折々の旬の食があふれる海陽町で、心を解き放ち、四季を肌で感じる暮らしを始めてみませんか?海陽町でしか感じることのできない生活があなたを待っています。main kaiyo

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【イベント情報】牟岐町アワビまつり

第20回牟岐町アワビまつり
5月4日(土)~5日(日)
10:00~15:00
場所:牟岐町古牟岐港(徳島県海部郡牟岐町灘下浜辺)
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新鮮なアワビをはじめとする海産物や農産物の即売や、小学生を対象とした伊勢海老や活魚のつかみどり(参加費500円)、5歳以下を対象とした砂浜でアワビ探し(参加費500円)などのイベントを予定。各先着50名で整理券は9:30分より販売します。

 

 

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【イベント情報】阿南の加茂谷鯉まつり

阿南の加茂谷鯉まつり

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2016年5月4日(水・祝)
10:00~15:00
※天候状況により中止になる場合あり。雨天延期5月5日

第28回 阿南の加茂谷鯉まつりが今年も開催されます。深瀬町の河川敷にたなびく無数の鯉のぼりをながめながら、カンドリ舟の遊覧を楽しみませんか?ミニSL、トロッコ車などちびっ子も楽しめる企画も盛りだくさん!家族ででかけてみて。
鯉のぼりの遊泳が見れるのは5月7日(土)まで。

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【東京】5月7日(土) とくしま回帰セミナー開催!

東京近郊にお住まいで徳島への移住を考え中という方に朗報!
徳島県主催の移住相談会を急きょ、5月7日(土)に移住・交流情報ガーデンにて開催することが決まりました。県内全域の情報はもとより、勝浦町、美波町、つるぎ町が個別に出展します。つるぎ町は初参加。巨樹やうだつの町並みが美しく、半田そうめんが名産。勝浦町は地域おこし協力隊を募集中。コンビニもあるほどほどの田舎なので、田舎暮らしにあこがれる若者におすすめ。そして徳島の移住フェア・スタメンの美波町も参加します。
この4月から新たに就任した移住コンシェルジュもきめ細やかに対応してくれるので、地方での起業、新規就農などなど、夢の暮らしを徳島で始めてみませんか?お待ちしています(^^)/
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とくしま回帰セミナー
2016年5月7日(土)11:00~17:00
移住・交流情報ガーデン(東京都中央区京橋1丁目1-6越前屋ビル1階)
アクセス/JR:東京駅(八重洲中央口)より 徒歩4分
地下鉄:東京メトロ銀座線 京橋駅より 徒歩5分/東京メトロ銀座線・東西線・都営浅草線/日本橋駅より 徒歩9分

【申し込み・問い合わせ】
徳島県 政策創造部 地方創生局 地方創生推進課 集落再生担当
電話番号:088-621-2701(平日午前8時30分から午後6時15分まで)
: 090-7720-7047(土曜日,日曜日午前10時から午後6時まで)
ファクシミリ:088-621-2829
電子メール:chihousouseisuishinka@pref.tokushima.lg.jp

応募フォームはコチラ
http://tokushima-iju.jp/docs/news_20160507.html

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【私の好きな町10】徳島県海部郡海陽町・なかばりようこさん

徳島県海部郡海陽町・なかばりようこさん

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1978年海陽町生まれ。デザイナー。「都会の真ん中ではない海陽町ならではのデザイン、またそこで生まれ育った自分だからこそのデザインをすべく日々精進しています。田舎は田舎のまま残っていって欲しいのが本音ですが、そうしたデザインが加わることによってより魅力的な町になるはずと信じています。海陽町では、様々な企業さんの商品パッケージのデザインや、地元の小中学生が考えた町特産品バターナッツのキャラクター選考・販促物デザインなどに関わらせてもらっています」。

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海陽町の好きなところ

「海山川がとても身近。その中でも海陽町の夏が一番好きです。高校まで暮らしていましたが、ほぼ毎日泳ぎに行っていました。もう結構な年ですが未だに泳ぎに行きます。そしてその水の綺麗さと言ったら!」

 

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【私の好きな町8】徳島県海部郡牟岐町・小林大介さん

徳島県海部郡牟岐町・小林大介さん

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愛知県出身。オーストラリアのバイロン・ベイでの生活を経て、2014年9月に徳島県牟岐町に移住。現在は牟岐町の地域おこし協力隊として活動中の傍ら、猟師としても活動。またイベントやワークショップを企画し、ヒトがオーガニックに集まれる場づくりや、面白いライフスタイルを追求し伝える「小林商店」も展開中。「ドラム・パーカッションを得意とすることからフリーのミュージシャンとしても活動中で、最近はカメラとドローンにハマっています。動画編集にも凝っており、暇さえあればドローン飛ばしてます」。

牟岐町の好きなところ

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「海もあり山もある、整った自然環境ってのが最高に好きなんですが、何よりこの場所で生活を営んできたヒトたちが、何十年もずっと『いる』ってことが最高に好きで、歴史を感じずにはいられません。そのヒトの歴史こそが唯一無二の町の資源だなとも感じています」。

小林商店
http://www.elvin-ray.com/

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【私の好きな町7】徳島県海部郡海陽町・永原レキさん

徳島県海部郡海陽町・永原レキさん

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海陽町出身。仕事やサーフィンをしながら世界を旅する中で、海陽の波が恋しくなり7年前に帰郷。体にも環境にも優しい衣料づくりや藍の魅力に惹かれ、株式会社トータスに入社。「自分がこれまで培ってきたサーフィンという新しい文化や新しい感性を持つ人たちと、藍染めや海陽町の環境、文化、人など昔から続く大切なものをつなぐことが自分の役割かなと思っています。また、地元の魅力に楽しさやかっこよさを加えて、地域の子供達や地域外に出ていった人たちに伝えたい。そうすることで、地元をより好きになってこの土地に帰ってきてくれる人が一人でも多くなれば嬉しいです」。

海陽町の好きなところ

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魚、阿波尾鶏、野菜…美味しいものが多いです。自然も川、海、山全て揃った贅沢な環境だし、歴史も面白いです。場所でいえば、轟の滝、宍喰祇園神社、城満寺、松原とか、、良いところいっぱいあります。
写真はトータスの藍小屋で藍を混ぜているところ。ここで藍染め体験などもできる。

株式会社トータス
〒775-0203
徳島県海部郡海陽町大里中須土手外1−1
電話:0120-744-334
http://www.tortoise1897.com/
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寂聴塾特別講座2016

1981年に開講した寂聴塾。徳島県の文化向上のため、瀬戸内寂聴さんが手弁当で始めた私塾だ。その寂聴塾の2期生で、現在も交流がある小林陽子さん。今、地域の存続をかけて日本全国の自治体が取り組んでいる“移住”。小林さんは美波町の移住コーディネーターとして活動し、これまでも人と町とをつないできた。そうした移住の現場で問われるのは「住まいと仕事」ではなく、「地域の魅力」や「人間関係」。それは寂聴さんが寂聴塾を始めたときに考えたことと、どこか重なる部分があるのでは…と、寂聴塾開講35年の節目を迎える今年、もう一度教えを請うため、早春の京都へ向かった。

※インタビューは敬称略。このインタビューは2016年3月上旬のものです。

 

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小林:先生、今年でね、寂聴塾の2期目が終わって30年になるんです。

寂聴:まあ、ほんとう!

小林:先生が寂聴塾を始めてから35年なんですよ。今回のインタビューにあたって計算したら30年以上経っていてびっくり。今回はホンマにええ機会だと思いまして。当時、先生が徳島で塾をされようと思ったのは何かきっかけがあったんですか?

寂聴:私は徳島で生まれて育ったからね、故郷に恩返ししようと思っていたんですよ。それまでは自分の生活に無我夢中だったから。あの頃いくらか時間的にも余裕ができていたんです。私の前には徳島から作家は一人も出ていないし、無償で塾をやりました。

小林:寂聴塾へ行って、私もよく考えるようになりました。

寂聴:あんまり文化度が低いからね。ちょっとでもものを考えるように。本を読むように。最近の人たちは自分のことしか考えないからね。生きている限りは自分の幸せだけじゃなくて、世の中の自分というものを考えるべきでしょう?「世界と自分」というものを。考え方を大きく持てということを教えようと思って。塾生はみんなよくなりましたよ。とてもイキイキして勉強するようになりました。徳島の人間は素質は優秀なんですよ。頭がいいんです。偉い人があんまり出ないからコンプレックスを持っているけど、みんな非常に優秀なの。だからもっと自由になった方が良いですね。

小林:それはずっとおっしゃっていますね。

寂聴:優秀なのに優秀でないように思い込んでいるのね。それで卑屈になっている。 不必要なコンプレックスに抱えている。

小林:徳島のイメージって、どんなものだったんでしょうか?

寂聴:徳島って、全国的にあまり知れていないのね。「徳山ですか?」とか「福島ですか?」とかね(笑)。 それで「阿波踊りの徳島です」っていうと「ああ」って言って思い出してくれる。だから、徳島の人にもうちょっと頑張って欲しいし。そのためには若い人を励ますしかない。 そう思って塾を始めました。

小林:私、文章を書く塾って知らなくて入ったんですけど、逆にそれがすごく良かったです。書くことによってだんだん自分がわかってきた。何をしたかったかとか、何に悩んでいたかとか。

寂聴:寂聴塾を始めた時、最初ものすごくたくさんの応募があったんですよ。その中から選抜して、50人ほどの人を迎えました。50人くらいでしたら顔も覚えられますからね。

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小林:寂聴塾で教えていただいたことがすごく役にたっています。私、今、移住コーディネートをやっているんですが、美波町へも移住希望者がたくさん人が来るんですよ。

寂聴:陽子さんはね、いつも世の中の動きより一歩早いよね。あなたから思いついたことが必ず問題になって、社会的な動きになるのね。だから政治家になった方が良い。

小林:政治家っぽい衣装はあるんでいつでもなれますよ(笑)。30年前、大阪からUターンしたときの経験は今でも忘れられません。故郷へ帰ったにもかかわらず、「おかえり」っていう感じがあまりなかったんですよ。

寂聴:私も徳島へ帰った時「おかえり」なんてなかったけどね。まあ私の場合悪いことして出てきているから(笑)

小林:私、悪いことして出てきてないもん(笑) 今、移住が社会現象になっていて、移住を希望する人の相談を受けると、ほとんどの原因が人間関係なんです。

寂聴:ああ、それは例えば会社の人間関係とか家族の人間関係とかが多いでしょう?

小林:はい。年配の方が引っ越してきても、親子関係が切れているんです。だからその子供たちはついてこない。ご年配の方お一人でやって来る。 田舎の人間関係が煩わしくてみんな都会へ行くと思っていたんですが、今は人間関係を求めて田舎へやって来るんですよ。

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寂聴:人間関係を求めているの?

小林:そうなんですよ。「どないしよる?」と心配してくれたり、声をかけてくれたりするのが嬉しいと言っている。そのことに私はびっくりしているんです。

寂聴:やっぱりみんな寂しいのね。孤独なんでしょうね。都会の人達は。人がうじゃうじゃしているんだけど関係ない人ばっかりだもんね。電車に乗ってもみんな関係のない人。マンションだって、隣の人が誰かなんてわからないもの。

小林:そうですよね。私が移住相談をしていると、寂しいのか、そうやって声をかけてくれることが嬉しいと言って人がやってくる。

寂聴:相談婆さんみたいになったら良いじゃない。細木数子みたいな占いをする人。この間新聞を見たら宗教法人を始めるとか書いてあった。宗教法人なら税金がかからないから。それでいよいよお金儲けをするって書かれてましたよ(笑)

小林:相談婆さんになるのはいいんですけど、私ってお節介の度がすぎるでしょう?だから人に深入りしてしまうんですよ。阿波女は情が深いと言いますか…。

寂聴:それはあなたの性格だから、なんでも深く入るのね。人間関係って本当に煩わしいからね。例えばね、私のところに亭主の悪行ばかり言ってくる人がいるんですが、そういう人に「もう別れたら良いじゃないの」って言う。「そんなのもう治らないよ」って。そしたらね、「ああ、そうですね」と言って帰っていく。でも今度は亭主から電話がかかってきて、「ようも言うてくれたな!」って怒ってくるのよ。 だからね、聞いてあげれば良いの。聞いてあげれば、答えはいらないのよ。

小林:はあ、そうか。

寂聴:「こうしたらいい」なんて絶対言っちゃダメなの。「そうね、そうね、辛かったね」と言って、「でも良い時もあったでしょう?」と聞くんです。そうすると「はい、昔は〜」と良い頃のことも思い出して心が安らぐ。それからね、あなたは進歩的だから移住促進のことを前へ進めていこうとするかもしれないけどね、「また陽子さんが出しゃばっていらんことしよる」って思っているかもしれんよ。

小林:気をつけないといけないですね。

寂聴:それでだいたい嫌われているのよね(笑)

小林:そんなこと言わんとってください!(笑)今、東京とかで行われている移住フェアはものすごい大きな会場に各県がブースを出して、移住者の取り合いのようなことが起きているんです。各自治体の担当者はその中でどうやって移住者を獲得するか考えなくてはいけない。移住先は東京から近い長野県や山梨県が人気ですけど、寒いのが嫌で、冬になると、もう、ただぬくいという理由だけで美波町へやってくるんですよ。

寂聴:ははは。

小林:笑い事じゃないですよ。

寂聴:それはあなた、笑っていいのよ。その人たちが簡単に移住を考えているから。

小林:さっき、「移住者の話を聞いてあげれば良い」っておっしゃっていましたけど、話を聞いていたらついお説教みたいに言ってしまうことがあるんですよ。

寂聴:それは言っちゃダメ。向こう側が辞めざるをえないように言わなきゃいけないの。

小林:テクニックがあるんですか?

寂聴:「いやあ、それは辛いですねえ」って言って、「でもね、ここへ来たら違う辛さがありますよ」って。「あなただけに教えますよ」って言うんです。

小林:なるほど。

寂聴:それでダメなこといっぱい、いっぱい言うのよ。

小林:そうか!町に合わないという人には、ダメなところを言えばいいんですね。

寂聴:「この町に人がいないのは、みんな人が出て行ったからですよ」って言うのよ。

小林:美波町は移住者を受け入れないと人口もどんどん減っていって、過疎になっていく非常事態なんです。ほっておけば誰の管理もされない空き家は増えていくし、若者は減るし、漁村だったのに魚屋さんもなくなった。とにかく人が減るっていうことの恐ろしさを、みんな今になってやっと実感し始めているんだと思うんです。今、移住のことをさせてもらって思うのは町の質、県の質を上げていかないと移住者を獲得できないということなんです。先生も徳島は「文化果つるところ」とおっしゃっていましたが…。

寂聴:徳島は全国で最も本を読まない県みたいですよ。私の全集が出た時も、全集なんか買う人いない。そういうところなんです。

小林:移住者は人間関係を求めてくるんやけど、文化的な質の高さがないと見知らぬ土地で生活を続けていくことは難しいと思うんです。私が寂聴先生のところへ行ってホッとできたのも、文化的なものがあったからなんです。

寂聴:私が塾をしたのもね、文化を高めたかったからなんです。少なくとも塾生はものを考えるようになった。

小林:寂聴塾へ行くことで田舎暮らしの埋没感から抜け出せたんですよ。大阪から戻った当初は、日和佐にいるとだんだんだんだん沼の中に入っていくような埋没感があったんですが、先生のところへ行くと回復したんです。

寂聴:あなたも塾をしたら良いんじゃない?塾の経営者をやったら? SEALDsみたいな若い人に来てもらって、そんなに高くない金額でやってくれるような人を講師として連れてきたらいいじゃない。

小林:それは良いですね。そしたら町も注目を浴びるし、感度の高い移住者が集まるし。やるとしたらどこでやったらいいですか?美波町?徳島市内?

寂聴:うーん、美波町だとちょっと遠すぎるわね。徳島市内まででしょうね。

 

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小林:私がもうひとつ、移住支援している中で悩んでいることがあるんです。ボランティアで移住のお世話をしていた時は、自分の気の合う人だけを選べた。でも今は移住を希望する人が多すぎて…。赤ちゃんから90歳の人まで来るんです。

寂聴:赤ちゃんはお母さんに連れられてくるのだろうけど、90歳の人はなぜ移住するの?

小林:理由を言わないんですよ。「田舎で自分がしたいことをしたい」とか、「年金だけで暮らしていて、お金がない」とか当たり障りのないことしか言わない。行政も高齢者の地方移住を推進しているんですけど、心の底でみんなが移住してきて欲しいのは、若い人なんですよ。

寂聴:でも若い人はあんな田舎行きたがらないんじゃない?

小林:それがこの頃来たがるんです。

寂聴:ああ、そう。

小林:都会で疲れた人が来たがりますね。

寂聴:そしたらじゃあ、若い人だけ呼べばいいじゃないの。

小林:若い人は仕事や家、場合によってはお子さんのことまで面倒見ないといけないから大変なんです。昨年、ドイツで暮らすハーフの夫妻が日本での暮らしを子供たちに体験させたいと短期移住されていたんですが、その時なんか小さいお子さんがマダニに噛まれて、隣町の病院まで車に乗せて走りました。今、私は町から“移住コーディネーター”という肩書をいただいているんですが、一昨年までの給与は月3万円。電話代やガソリン代で無くなってしまうようなお金でしたけど、でも、それでもまあ良いかなと思ってやっていたんです。でも移住相談に来る人が多すぎて、みんな生活にも困り、疲れ果てているのでこちらの負担も大きいんです。先生は尼さんやからお金をとって悩みを聞くわけではないと思いますが、お金に関してはどうすれば良いですか?それに定住に至るまで、こちらも必死になってお世話したのに、「陽子さんがいなくても出来た」って言われるんですよ。

寂聴:それは腹が立つわね。何でそういうこというの?

小林:わかりません。そういうのがあると虚しく辛くなるんですよ。

寂聴:言えばいいじゃない。

小林:言ってもいいんですか!?

寂聴:いいですよ。「忘れてるの?私が世話したじゃない」って。他の人が言ったらおかしいけど、陽子さんが言ったらおかしくないわよ。

小林:そうですね。

寂聴:辛抱しなくていいの。もう、人間はね、辛抱することないの。今夜、死ぬかもしれないのよ。嫌なことは片付けていったほうが良い。好きな人がいたら今、言った方がいいの。あなたはね、体が大きいしね、よく喋るからみんなは陽気だと思っている。でもね、体が大きい人ほど繊細なの。長年生きてきてわかったんだけどね、「あの人細くて神経も細そうね」と思ったら、その人は図々しい。ぷくぷく太っている人が非常に傷つきやすいの。

小林:傷ついているの、私(笑)

寂聴:だから誰も陽子さんのことを神経細いなんて思ってくれていないのね。

 

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小林:先生、最近はなかなか徳島へも帰れなくなったでしょう。

寂聴:病気をして以来、なかなか。3時間車に乗るというのはとても難しい。

小林:徳島にはあまりいい思い出がないんじゃないですか?

寂聴:いやいや、そんなことない。だってもう随分良くしたから好きです。それに生まれて18年ずっといたところだし。

小林:そうですか。鳴門にも住まわれて、あれは二地域居住という流行りのスタイルですよ。

寂聴:そうね。『ナルトサンガ』を作って、毎月行っていました。そうしたら全国から集まってくるの。本当に全国から来るんですよ。その日だけ。ここでも法話をやっているけど、たくさんの人が来ると全員入らないでしょう。ここに来たくても人数が多いと抽選になるので、落ちた人は鳴門へ申し込んで、どんどん来るから、最初に青空説法をしていたんですよ。でもお天気が合わないみたいで雨が降るの。それでね、みんながかわいそうだからね、鳴門に蔵があったから、蔵でするようにしたんですよ。100人くらいしか入れなかったんだけど、でもね、その蔵がとても良かったの。来てくれた人の顔が見られるしね。近くで会話できるからね。でも私自身が体が弱ってきて、鳴門まで行かれなくなって。だってあと2ヵ月で満94になるんですもの。

小林:また腰の骨を折ったら大変ですもんね。京都から徳島を見ていていかがですか?

寂聴:帰らなくなったからとても良く見えるわよ。なんだかんだ言いますけど、昔に比べたら徳島は随分良くなっていますよ。人にも知られてね。 消費者庁のサテライトオフィスも出来るなんていう話だってありますしね。知事さんのおかげで徳島は良くなったよ。

小林:どのようなところが良くなったと思われますか?

寂聴:今の知事さんは割と積極的だからね。いろんなことをするでしょ?それに陽子さんの邪魔なんかしないじゃないですか。普通は邪魔するのよ。私を上手に使うしね。必要な時はパッと使う。そういうのは政治家ですよ。

小林:他には徳島についてどんなことを思い出しますか?

寂聴:子供の時のことを思い出しますね。箱回しって知ってる?人形回しっていうのが来るんですよ。紙芝居をやる人が絵を持ってくるように人形を担いでくるんです。箱の中には3つに折った人形が6つ、入ってるんですよ。棒に竿を渡してね、その竿につづらの中にある人形を出して、かけるの。それでね、担いできた男が口三味線で浄瑠璃をやりながら人形をまわすの。子供は一銭で飴を買って、その人の前に集まるの。気が付いたらその後ろに大人がいっぱいいて、徳島の人はみんな浄瑠璃を語れるでしょう?だからね、見物のお客さんが浄瑠璃を語ってくれるのよ(笑)

小林:情景が浮かびます。

寂聴:本当にいろんな人が集まってくるんですよ。エプロンをかけたおばさんとかね。うどん屋の兄ちゃんなんか運び終わったうどんの箱を片手で持って見ている。もう、それは楽しかったね。浄瑠璃が始まる合図は太鼓を叩く音なんだけどね、太鼓が鳴ったら子供たちは飛んで行っていた。それを見ていると男と女がいて、付き合って、恋愛をしているわけ。でもそこには幸せだけじゃなくて苦労があるんだなあ、っていうのがわかるんですよ。もちろん当時は恋愛なんて言葉はわからないけど、なんとなく、言いたいことはわかるんですよ。本が読めなくても、人形劇ならわかるじゃない。それは私の文学の原点です。

小林:そういう体験は文化芸術の基礎ですよね。私は今、徳島に文化芸術の基礎になるものが少なくなくなってしまっていると思うんです。寂聴塾から35年。ここを巣立っていった人たちが、今、当時の先生と同じように「徳島をどうにかせな!」という思いを抱えていると思います。世界中に散らばっている塾の卒業生に向けてメッセージをお願いします。

寂聴:みんなに会いたいですね。みんなそれぞれ自分の才能を見つけてやっているからね、嬉しいですよ。やってみなきゃ結果は出ないんだからね。だいたい徳島の人はね、やる前に「あかんよ」っていうんですよね。でもやってみなきゃわかんない。徳島の人は女が優秀なんですね。どこが優秀かというと、経済的観念があるの。だからね、徳島の女をお嫁さんにもらうと必ずお金ができる。どこが経済的かというとね、「始末」っていう言葉があるでしょ? けちんぼとは違うんですよね。それと、よく働くの。夜なべもして働くの。男は遊んでばっかりいられる。だから徳島の女をお嫁さんにもらうと良いの。

小林:そうですね。先生、これまでもたくさんの取材に答えられてきたと思いますが、今、世の中について感じていることは何ですか?

寂聴:それはもう戦争は起きちゃいけないということ。今の政府は戦争したくてしょうがないからね。安倍さんがいる間に改憲したいって言っているでしょう。とんでもないこと。私は長く生きてきましたからね。その経験から言うと、今というのは、長い戦争が始まる前の雰囲気です。太平洋戦争の時もこんな風だったの。そしたら戦争が始まったの。だから、それを知っているのは一握りの人なのよね。 今日も世界のどこかで人は確実に死んでいっているのよね。だからね、あの戦争で生き残っている私なんかは、どうしてもそれを言わなくてはならないのね。戦争が始まったら、本当に、あなたたちが殺されるんだからね。これから生まれてくる子どもが殺されるんだからね。嫌でしょう?そんなの。今度は女にだって召集令状が来るかもしれない。今の政府の人は戦争を知らないから、戦争をしようとするんですよ。戦争を知っている人はほとんど死んでいるし。絶対戦争はダメ。原発もダメ。日本は、地震国なんだから、地震国に原発なんか置いてどうするの?今ね、オリンピックに向けて騒いでいるけれど、そんなお金があるんだったら、東北の被災地の人たちの支援に力を注ぐべきではないかと思いますね。

小林:今日は、ありがとうございました。

 

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【私の好きな町5】徳島県海部郡海陽町・長尾早苗さん

海陽町・長尾早苗さん

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香川県高松市出身。長女4才の時に夫の両親の故郷、海陽町に引越してきて、今年で9年目。現在は夫と子供3人の5人家族。縁側と大きな桜の木がある古い家を借りて、薪風呂を焚き、烏骨鶏を飼い、TVの無い生活を楽しんでいる。「要約筆記、絵本の読み聞かせ、子育て支援など、誘われるまま始めたボランティア活動では、人生のお手本になるような先輩方との出会いや、学びがたくさん。これも海陽町ならではの有難いご縁と思っています」。

【海陽町の好きなところ】

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子供が庭に穴を掘って泥だらけになったり、いろんな場所に秘密基地を作ったりして一日中夢中になって外で遊んでいます。「こどもがこどもらしく遊べるところ」でしょうか。