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日本のお山に帰りたい~岩本さんが加茂谷で協力隊になるまでの話⑨~

この話は、阿南市加茂谷の地域おこし協力隊・岩本昌子さんが、なぜ、徳島に来たのかを本人が綴ったエッセイです。

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第九回 地域おこし協力隊?

 

日本帰国直後からすぐに家を出て80日間の歩き旅を経て、ようやく実家に一時的に腰を落ち着けた私は、パソコンを開き日本での新たな暮らしのための仕事を探し始めた。

 

元々、帰国後の新しい暮らしのイメージの中に、都会に住んで毎日スーツを来て通勤列車で高層ビルに通うという光景はなかった。

ここまで約20年の社会人生活で、東京のど真ん中へ通勤する毎日も、マンハッタン暮らしも経験し、大都会での生活はもう十分だった。
米国で「日本のお山に帰りたい」と思っていた通り、どこか地方都市か田舎の街で自分の生活が支えられるような仕事が見つかれば、そしてお山に囲まれて静かに細々暮らしていけたら十分だと思っていた。

 

四国の地元の人達になにかご恩返しができるようなことがしたい。

 

そう思いながらパソコンの検索を繰り返していた私の前に、程なく次々と検索結果に出てくる言葉があった。

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「地域おこし協力隊」・・・・何を隠そう、この時初めてこういう制度があるということを知ったのだった。

 

歩きで四国遍路をするということは、同時に四国じゅうの田舎という田舎町や村をくまなく歩いて見て回るということに他ならない。

遍路前も遍路中も四国で仕事を探す、ここに住むという事は考えになかった私だったが、期せずして四国のどの地域はどのような町並みで、産業は何が盛んで、店や学校やその他の施設の状況はどうだ、といった情報を頭のなかに集めてしまっていた。

歩いていると不思議なことに、地域によっては何かとても良い雰囲気が全体から漂ってくるところもあれば、反対に理由は定かでないが妙に嫌な感じがするという場所も正直あった。

別にその地域の住民と何か言葉を交わしたというわけでもなくても、それどころか誰にも会わずに普通に歩いて通り抜けただけにも関わらず、「ここは何かいい(嫌な)感じ・・・」という印象が残る地域それぞれ数カ所、四国の様々な場所で出会ったのだった。

 

つづく…