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日本のお山に帰りたい~岩本さんが加茂谷で協力隊になるまでの話⑦~

この話は、阿南市加茂谷の地域おこし協力隊・岩本昌子さんが、なぜ、徳島に来たのかを本人が綴ったエッセイです。

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第七回 80日間、歩き旅

まったく事故もなく、怖い経験も嫌な思いをすることもなく、終始ただただ楽しく歩き回って、別格20番のお寺から1番の霊山寺に戻った。

次の日には、徳島のフェリーポートまでも歩いた。
フェリーに乗って和歌山港に到着し、和歌山市内も遍路装束で観光して回ったあとは、なんと高野山のふもとまでも2日間かけて歩いた。
もちろん、ここまで来れば高野山だって町石道を1日かけて歩いて登った。
(現在まで3回高野山に行っているが、未だに歩いてしか登ったことがない)

高野山の赤門から奥の院の弘法大師御廟まで歩けばゴールもゴール、流石に四国遍路としてはこれ以上歩く場所はない。

それでも、まだどうしても「歩き足りない」「まだまだ歩きたい」という強い思い出いっぱいだった…。
単に70日もただただ観光しながら歩くという気楽で自由な暮らしをしていると、現実世界に戻りたくなかっただけだ。

 

ちなみに、和歌山から高野山までわざわざ歩いたのは、秋の最後の三連休の高野山の殺人的人混みを避けるためにわざと日程をずらすためだったが、この時道中訪れていた寺の中に紀伊の古刹根来寺があった。
ここは真言宗18本山の一つ。
ちなみに、四国遍路で訪れていた善通寺と高野山の金剛峯寺も18本山に含まれる。

ここで、私のスタンプラリー熱に別のスイッチが入った。

次の日、京都の醍醐寺にいた。
そこから京都市内のありとあらゆる有名寺を見て回りながらほぼ1周。
そして、奈良県の北半分をこれまた名所を見ながら一周。
そして、六甲山を縦走し、ついに80日に達したところでようやく私の「長い歩き旅」は終わった。

12月になっていた。

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