1916791_166749892930_5291194_n

日本のお山に帰りたい~岩本さんが加茂谷で協力隊になるまでの話②~

この話は、阿南市加茂谷の地域おこし協力隊・岩本昌子さんが、なぜ、徳島に来たのかを本人が綴ったエッセイです。

―――――――――――――――――

第二回 体力は身を助く

首都ワシントン市でとある日系の大手新聞社が、経済担当記者を一人急遽探していたのだ。前任者が突然一身上の都合で退職したらしい。採用にあたって何故か「体力のある人」を探していたため、思いがけず「前職自衛官」の肩書がとてつもない威力を発揮した。

217553_4938992930_2443_n

そして、あれよあれよと言う間に、2009年1月のオバマ大統領の就任式、世紀の大イベントに集まった50万人もの群衆が会場に入るために前の道をすし詰めになって歩いて行く光景を、件の新聞社のワシントン支局のオフィスの窓から眺めていた。

オフィスはホワイトハウスの真裏、アパートはそこから歩いて10分。

文字通り米国政治の中枢で、大不況となった米国経済を立て直すためにオバマ政権が次々と政策を繰り出し、「変化」の希望に溢れた若者が全米からこの街に押し寄せ、代わりにかつて全米でも特に貧困者が多く危険だった街からあっという間に貧困層を郊外へ押し出してしまうのを目の前で見ていた。

60年代の暴動の焼け跡がまだ残っているような通りには、毎週のように新しいレストランやバーが開店し、まるで魔法の杖を振ったかのように小洒落ていてトレンディな通りに姿を変えていった。

金融危機からの大転落と、そこからの一大経済復興。私自身はといえば、仕事は徐々に慣れるとまぁ面白く充実し、友だちも多く、情熱を傾ける趣味もあり、「ここが私の街」と思える場所でアメリカ社会にすっかり溶け込んで楽しく暮らしていた。

日本に比べると実は遥かに何もかもが不便なアメリカ社会、それでも不満はなかった。

ここで生きていくのだ、と思っていた。

1916791_166749892930_5291194_n

ワシントンでの新聞記者時代