DSC_2098

影治信良町長インタビュー 第1回 伊座利モデル

1分でわかる「四国の右下」移住事情
課題解決先進地 美波町
影治信良町長インタビュー(全3回)

第1回 伊座利モデル

 

2006年(平成18年)3月31日、海部郡の日和佐町(ひわさちょう)、由岐町(ゆきちょう)が合併して誕生した美波町。四国八十八カ所の第23番札所・薬王寺のお膝元として、古くからお遍路さんが往来し、日和佐うみがめ博物館や大浜海岸など見どころも多く、観光の町として発展を遂げてきた。ここ数年は『伊座利モデル』といわれる漁村留学による地域おこしや、サテライトオフィスの誘致、移住コーディネーターの委嘱など全国に先駆けた取り組みが注目を集めている。そんな徳島県美波町の影治信良町長にお話を伺いました。

DSC_2105-300x200

― 人口減少や消滅可能性都市などの言葉が飛び交う中、美波町は2014年、合併以来初めて社会増に転じました。美波町の取り組みについて、視察や問い合わせが増えているのではないでしょうか?

 

影治町長 社会増に転じたのは、ここ3年くらいの期間、移住やサテライトオフィスの誘致に取り組んできた成果が現れてきたんだと思います。地域のみなさんのおかげですね。

 

― 「移住者を呼び込む」「受け入れる」という体制は、今でこそ地域の課題として浸透していますが、伊座利(いざり)の取り組みは全国に先駆けたものだったと思います。

 

影治町長 伊座利が移住者と受け入れ始めたのはまだ由岐町の頃ですから、今から15年くらい前でしょうか。由岐中学校の伊座利分校と伊座利小学校の二つが合わさった『伊座利校』という学校があり、親しまれていたんですが、その存続が危ぶまれた時期がありました。その時、地域のみなさんが「なんとか続けて欲しい」と町へ働きかけるも、思うようにいかなかった。それで「学校の灯を消すな!」を合言葉に、2000年4月、約100名の伊座利地区の住民全員をメンバーに『伊座利の未来を考える推進協議会』が結成され、地域が一丸となった取り組みが始まりました。
伊座利地区は美波町の東端にあり、三方を山に囲まれた町内でもっとも小さな集落です。最盛期には400人くらいが暮らしていましたが、1995年には97人まで減少しました。人口の減少、生徒数の減少という現実を打開するために始めたのは、県外の子供たちを対象にした「海の学校」という漁村留学。「海の学校」は「子供だけ預けたら面倒見てくれる」といった里親制ではなく、「子供は親と暮らすのが一番」という思いから、親も一緒に来ることが条件でした。ある程度覚悟を決めて伊座利へ来る親子に対して、地域で共に暮らしていけるかどうか、地元の人が面接を行うというスタイルも珍しかったと思います。そんな取り組みが功を奏して、少しずつ人が増えています。

izari-300x114

http://www.izarijin.jp/伊座利を知りたい人のためのガイドサイト

― 取り組みを始めて6年で130人くらいまで増えたと聞きました。

影治町長 そうですね。伊座利の高齢化率は美波町内でも低い方です。それだけ子供や若いお父さん、お母さんが多い。住み続いている人もいますが、進学や仕事の関係で出ていく人もいるので、今現在も若い世代の入れ替わりがうまくいっているのだと思います。

― 「漁師になりたい」という相談にも応じているそうですね。

影治町長 漁業権も割とオープンにしていますからね。美波町には由岐に6つ、日和佐に1つ、合計7つの漁協があって、これだけ小さい町に7つも漁協があるのは珍しい。その中でも大敷網をやっているは伊座利だけという利点もあったと思います。朝獲った魚を女性部が買い取って『イザリCafe』で提供する。鮮度もいいし、値段も安い。伊座利の漁師さんが営む阿南市那賀川町の『弘伸丸』という食堂でも出していますが、すごいボリュームで食の細い人は食べきれないくらいですよ。(つづく)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA